ジ−ザスクライスト ヨハン・クライフ


ジ−ザス・クライスト,ヨハン・クライフ(イニシャルが同じためこう呼ばれる)を見ていたファンをオ−ルドサッカ−ファンと呼ぶつもりはないが,馴染みのない若い方へクライフの紹介を.既にEurope Soccer  Playerでは伝説のプレ−ヤ−のペ−ジなど紹介済みだが クライフだけは特別扱いにしないわけにはいかない.
         
1974WC西ドイツ大会 左ベッケンバウア−  右クライフ



■紹介
70年代を代表するサッカ−選手. 現在主流となっているFWとDFの間を狭め相手ボ−ルを前の方で奪い取って点を取るいわゆるプレスフットボ−ルの原形がクライフが中心となってアヤックスが作り上げたト−タルフットボ−ルである. 当時は "クライフを中心に台風のように周りの選手が動いて見える" といわれた 緩急をつけたドリブルと芸術的なフェイントでディフェンスを切り裂き,最後にはGKさえもかわして無人のゴールへ蹴り込む. 1971,73,74欧州最優秀選手.これがよくあるクライフの紹介であろう.
加えるならば 「攻撃の際は」 オ−プンスペ−スを広くとるためにFWとDFの間は狭く位置する.ここが今と違う点だろう.そして守備の時はは現イタリアサッカ−などのように狭くは守らない.高い位置で守るが決して狭くは守らない,これは相手にオ−プンスペ−スを与えないためだろう.次に注目すべきはボ−ルを持っていない時の方が動く量が多いこと.パスを出せる味方が増え,パスの選択肢を広げることになる.もちろん無駄な体力を使わないために一番効果的な位置へ動くことが条件になる.


                  

 

 

 

■アヤックスシステム
1966年19歳でアヤックスのレギュラ−を確保したクライフと監督ミケルスはオランダリ−グ等では常勝チ−ムとなっていたが世界のレベルに通用するチ−ムになるにはどうしたらよいのかを追求していた.コンセプトは 「どの選手も攻撃が出来,同時に守備も行う」 という シンプルだが実行するのは非常に困難なシステムを定着させいった.確かな技術力を持ったユ−ティリティプレ−ヤ−が何人も必要となるこのシステムでヨ−ロッパのサッカ−を席巻していったのだ.
こうしてアヤックスは1971年ギリシア・パナシナイコス,1972年インテル,1973年ユベントスをチャンピオンズリ−グ決勝で破り3年連続ヨ−ロッパのチャンピオンに輝いた. 特に72,73は当時最強といわれたイタリア・カテナチオの権化インテル,ユベントスの強烈なクライフへのマ−クをもってしてもアヤックスを止めることは出来ず世界ナンバ−ワンクラブの名声を得た.

    

 

 


■カリスマ性
彼がこんなにまでも70年代以降カリスマ性を発揮している理由はどうしてなのだろうか?アヤックスでのヨ−ロッパチャンピオン3連覇,WC74の準優勝.もちろんこれらも理由の1つだが彼のカリスマ性はこれまでのサッカ−選手がやらなかったことを実践したからに違いない.
オ−バ−ラップという言葉はあったにせよあんなにもめまぐるしく変わるポジション. さっきまで最後尾にいたかと思うと最前線でシュ−トする.
ドリブルでDFをすべてかわし,最後はGKをもかわし無人のゴ−ルへらくらく蹴り込む.
中盤で相手と競り合いながらGKが前にでているのを見逃さず,シュ−トしたボ−ルは頭を越えてゴ−ルインなど,今までサッカ−ファンが見たことのないプレ−をしたからだろう.
視線を正面に向けたまま足元のボ−ルをコントロ−ルしスロ−テンポで敵に近づき相手を誘いながら一瞬にしてフェイントをかけながら相手を抜き去る.全速,停止,全速を繰り返しながら相手DFを鮮やかにドリブル突破,フリ−な味方を見つけパスするか,シュ−トする姿が彼の評判を高めたのだ. これらをこともなげに優雅にプレ−することで彼のカリスマ性は浸透していったのだ.

 



 

 


■サッカー哲学
彼のボールコントロールテクニックはアムステルダムの下町(アヤックスデメールスタジアムのすぐそ)の路地裏で培ったものだ.そのため現在サッカがテクニックが無くなってきているのはチーム下部組織の路地裏サッカーをおざなりにしているせいだ.と断言する.

クライフは彼の言葉を借りて書かれた金子達仁氏監訳 「美しく勝利せよ」原題 AJAX,BARCELONA,CRUYFF の中で
「攻撃しないサッカ−に価値はない」
現代の主流な戦術である守って1点取って勝つサッカ−(暗にイタリア・カテナチオの事を言っている)を否定している.0−0で引き分けるならば3−4で負ける方がチームのためになるとまでいっている.スペクタクルを追いかけ,守るサッカーを嫌う彼ならではである.もちろん観客はファンタジックなゴールを望んでいるのが当たり前でそのためにたとえ負けてもチームのためには良いはずだと述べている.


「サッカ−は美しくなければいけない」
勝負を制するのはもちろんさらに美しいプレ−をしゴ−ルも美しくなければいけないとも言っている.


 

クライフの足跡

本名    Hendrik Johannes Cruijff(オランダ) Johan cruyff(英,米)
生年月日 1947 04/25

 

年度 所属チ−ム 出来事
1964年 アヤックス デビュ−
1965年 アヤックス
1966年 アヤックス リ−グ優勝,カップ優勝,オランダ代表デビュ−
1967年 アヤックス リ−グ優勝
1968年 アヤックス リ−グ優勝
1969年 アヤックス
1970年 アヤックス リ−グ優勝,カップ優勝,
1971年 アヤックス カップ優勝,チャンピオンズカップ優勝ヨ−ロッパ最優秀選手
1972年 アヤックス リ−グ優勝,カップ優勝,チャンピオンズカップ優勝
1973年 アヤックス リ−グ優勝チャンピオンズカップ優勝ヨ−ロッパ最優秀選手
1974年 バルセロナ リ−グ優勝WC西ドイツ大会準優勝,ヨ−ロッパ最優秀選手
1975年 バルセロナ
1976年 バルセロナ
1977年 バルセロナ
1978年 バルセロナ カップ優勝
1979年 ロサンゼルスアステックス
1980年 ワシントン・ディプロマッツ
1981年 アヤックス
1982年 アヤックス リ−グ優勝
1983年 アヤックス リ−グ優勝,カップ優勝
1984年 フェイエノルト リ−グ優勝,カップ優勝