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THE BEST MUSIC I
IAN & SYLVIA (イアン&シルビア)
YOU WERE ON MY MIND 恋がいっぱい
カナダ出身のフォークデュオ。フォークブームの仕掛屋といわれるアルバート・グロスマンに目を付けられ、「FOUR STRONG WINDS(風は激しく:ニール・ヤングが後にカバー)」で人気となった。イアン&シルビアは2人を中心として結成されたグレイト・スペックルド・バードと共に語られることが多い。GSBは1枚だけアルバムをリリースしているようだが、残念ながら筆者は聴いたことがない。
ということで、GSBの演奏はカントリーロックと言われているようであるが、筆者はコテコテのフォークソングを歌っていたイアン&シルビアしか知らないので、「恋がいっぱい」を選曲。この曲はウィー・ファイブというグループのカバーもん。オリジナルは65年に3位となっている。イアン&シルビアはアコースティックギターのみでPPM風。ウィー・ファイブはポップなホリーズ風でなかなか両方とも面白い。
(No.133)
IAN MATTHEWS (イアン・マシューズ)
SHAKE IT
マシューズ・サザン・コンフォードとして最初のヒットとなった「ウッドストック」はジョニ・ミッチェルのカバー。CSN&Yもすでにカバーし11位を記録していたが、彼の曲も23位のヒットとなった。彼はオリジナルのセンスも抜群であったが、陽の目を見なかった名曲のカバーを多数収録し、他人の作品にスポットライトを当てた。
最大のヒットとなった(というか基本的にはこの一発)「シェイク・イット」は無名のテレンス・ボイランの曲。彼は『レコードおたく』であったらしく、オリジナルセンス抜群で他人のカバーも好きという点で、ちょっと近田春夫に似ている。
(No.134)
THE IDES OF MARCH (アイズ・オブ・マーチ)
VEHICLE
このグループも一発屋さんかぁ?この曲以外知らないぞ。
なんと公式ホームページがある。いっぱいレコード出してるぞ。しかもまだ現役のようだ。さすがブラスバンドロックグループだけあって、8人も並んでいる。シカゴ出身で最初は7人組だったようだな。ん?ロッキーVの主題歌「EYE OF THE TIGER」を作ったらしい。映画嫌いだから見たことないけど。リードシンガーのジム・ペテリックはその後サバイバーに入ったしね。
サスペンス映画に出てくるようなイントロ。ホーンセッションのスリリングな展開はちょっとチェイスっぽい。
ちなみに『BEWARE IDES OF MARCH』は、3月15日にジュリアス・シーザーが暗殺予告をされた日ということから、凶事の警戒という意味で使われるそうだ。なお、日本ではなぜか知らないが『靴の日』だって。以上今日の雑学豆知識でした。
(No.135)
IKE & TINA TURNER (アイク&ティナ・ターナー)
PROUD MARY
アイク・ターナーはピアノとギターを演奏しながら、いろいろな歌手を登場させるというレビュー形式のライブを作り出した。その中でセントルイスの公演中、アニー・メイ・ブロックを見出し、1960年にアイク&ティナ・ターナーとして「A FOOL IN LOVE」をリリース。ミリオンセラーを記録する。その後結婚、66年頃からフィル・スペクタープロデュースによる作品で「RIVER-DEEP MOUTAIN HIGH」(全英3位)などのヒットを記録する。76年に離婚。
正直言って、あまりこの夫婦については詳しくないし、オリジナルの曲ってほとんど知らないからこの曲を選んだっていうのが大きな理由なんだけど、髪を振り乱して狂ったように動きまわる姿は結構印象深い。
(01.08.12.No.344)
THE INK SPOTS(インク・スポッツ)
JAVA JIVE
今までいろいろなアーティストを紹介していきたが、ひょっとしたら一番古いアーティスト。なにしろ結成が1931年。つうことは昭和6年。
いわゆるR&Bの元祖というか、ドゥ・ワップへの橋渡し的なジャイブ系の4人組グループであるが、40年代後半のレイブンズ、オリオールズ、そして50年代に活躍したクローバーズ、ファイブ・ロイヤルズ、ドリフターズなどのドゥ・ワップ・グループに大きな影響を与えたグループ。
35年に「SWINGIN' ON THE STRINGSでメジャーデビュー。イギリスで火がつきビッグヒットとなる。その後不発が続いたが、39年に「IF I DIDN'T CARE」が大ヒットとなり、その後も「THAT'S WHEN YOUR HEARTACHES BEGIN(心のうずくとき)」(エルビス・プレスリー58位)、「TO EACH HIS OWN」(タイムス、78位)、「DON'T GET AROUND MUCH ANYMORE」(ベルモンツ57位)「WHEN THE SWALLOWS COME BACK TO CAPISTRANO」(パット・ブーン80位)、「YOU WERE ONLY FOOLING (WHILE I WAS FALLING IN LOVE)」(ビック・ダモン30位)など、後々の人間がカバーしヒットした曲をリリース。40年代から50年代前半の代表的なグループになったが、メンバーチェンジを繰り返したためか、インクスポッツを名乗るグループが次々と出現。半世紀以上経った90年代には40組以上のグループが自分たちが元祖だと名乗っていたらしい。
選曲の「ジャバ・ジャイブ」は後にマンハッタン・トランスファーがカバーしたもの。筆者が初めてこの曲を聴いたのはカバーの方が先であるが、数年前何かのCMでやっていたような気がする(当時は「オールディーズon CMなどというコーナーなかったので意識していなかった)。
なお、前述の「IF I DIDN'T CARE」は後にプラターズ、モーメンツ、コニー・フランシスがカバーしヒットさせた曲だが、曲中に出てくるリンダとは作者のジャック・ローレンスの弁護士の娘のこと。このリンダは後にウィングスというグループでキーボードを弾いていた(もちろんマッカートニーの奥さんのこと)。
(06.07.23:No.521)
THE INNOCENCE (イノセンス)
ALL I ASK
イノセンスはフィル・スペクターの門下生ともいえるピーター・アンダースとビニ・ポンシアのコンビに、カーマストラレコード社長のアーティー・リップという3人のスタジオグループ。大ヒットこそないものの、隠れたバブルガムポップスとして非常に面白いグループである。アンダースとボンシアは他にもトレード・ウィンズ名義でも活動を行っており、「NEW YORK'S A LONELY TOWN」(32位)などのヒットを放っている。コンビ解消後もアンダースはジャッキー・デシャノン、トミー・ジェームス等に曲を提供したり、ポンシアはリンゴ・スターの「オー・マイ・マイ」やキッスの「シャンディ」などを書いている。
昔エアチェックしてあった「オール・アイ・アスク」という曲を選曲。「アンダース&ポンシアベスト」というアルバムを所持しているのだが、この曲については詳しい記述がない。しかしこの曲を含め何曲かの作曲者には、ドン・シコーネとあるので、(たぶんフォー・シーズンズの)何らかの関わりがあったと思われる。
(No.136)
THE IVY LEAGUE(アイビー・リーグ)
TOSSIN' AND TURNING
ファルセットを武器としたグループも結構あるが、イギリスでビーチ・ボーイズ風のグループといったら、トレメローズとこのアイビー・リーグ。
イギリス・バーミンガム出身のジョン・カーターとケン・ルイスはサザナーズを結成(一時はジミー・ペイジなども在籍)、ペリー・フォードを加えアイビー・リーグとして再出発。大ヒットこそなかったものの、カーター&ルイスのコンビは良質な曲を書き、ピーター&ゴードン「SUNDAY FOR TEA」(31位)、フラワー・ポット・オブ・メン「LET'S GO TO SAN FRANCISCO(花咲くサンフランシスコ)」(全英4位)、「CAN'T YOU HEAR MY HEARTBEAT(ハートがドキドキ)」(2位)など数多くのアーティストのヒットを生んだ。なお、66年にカーターが離れ、トニー・バロウズ(エジソン・ライトハウス、ファースト・クラス、ホワイト・プレインズ等参照)が加入している。
「トッシン・アンド・ターニング」は全米では唯一チャートインした曲(全米83位、全英3位)。カーターとフォードのポップス色溢れる作品。なお、同タイトルで61年に1位となったボビー・ルイスの曲とは別の曲。
(06.04.29:No.515)