WHAT'S NEW
THE HARPTONES (ハープトーンズ)   
A SUNDAY KIND OF LOVE           
年のはじめの一発目をこういう地味なところから始めるというのも「らしい」な。
50年代に活躍した黒人ボーカルグループ。元々はハープスというグループとスカイラークスというグループで活動していたメンバーが一緒になり、53年に結成。すぐに「A SUNDAY KIND OF LOVE」でデビュー。テナー・ボーカルのウィリー・ウィンフィールドを中心に人気を博し、以後も地味ではあるが、ステージを中心に活動を続ける。
プロモーション能力に問題があったのか、ポップスチャートとは無縁に近かったものの、クレフトーンズ、ドリフターズなどと並び賞されるべきグループ。2002年にボーカルグループの栄誉の殿堂入りを果たした。
「A SUNDAY KIND OF LOVE」は1946年にフラン・ウォーレンという女性歌手がオリジナルで、その後もフランキー・レイン、ジョー・スタッフォードなど数多くのカバーされたポピュラー。何人かのバージョンで聞いたが、何か一番このハープトーンズのバージョンがしっくり来る。
(09.01.04:No.577)
SANTA ESMERALDA (サンタ・エスメラルダ)   
ANOTHER CHA CHA           
日本でもその昔尾藤イサオが歌ってヒットした「悲しき願い」「朝日のあたる家」。これはエリック・バートン率いるアニマルズのカバーであるが、これらを78年から79年にかけてリバイバルヒットさせたのがこのサンタ・エスメラルダ。スパニッシュディスコ調のアレンジは、当時、中原理恵(何処行っちゃったんだろう)が歌った「東京ららばい」という曲にパクられたといっても過言ではないだろう。
フランスのプロジェクトであるが、最初はアメリカ人のサックス奏者でスタジオ・ミュージシャンであるリロイ・ゴメスという人物が中心。このゴメスがボーカルを取ったファーストアルバムの「悲しき願い」が世界的な大ヒット(当時のギネス記録だったようだ)となり、同名シングルも15位を記録。ゴメスはアルバム1枚だけでソロ活動を始めるために脱退し、ジミー・ゴーイングスというボーカルに替わった「朝日のあたる家」は78位であったが、次のアルバムはロック調のアルバムにしたため、ヒットに至らなかった。
選曲の「アナザー・チャ・チャ」は79年にクラブチャートでヒットした曲。スパニッシュ・ディスコ(こういう言葉があるか知らないが)風のアレンジはたまらない。日本ではシングル・カットされていないが、ロス・アントニオスというアーティストが歌ったシングルレコードがあるようだ。
(09.11.30:No.576)
「パクリか?空耳か?気のせいか?」に掲載
GERRY RAFFERTY (ジェリー・ラファティ)   (STEALERS WHEEL)
BAKER STREET       霧のベイカー街    
スコットランドで生まれ、68年、後にコメディアン俳優となるビリー・コロニーとハンブルバムズというフォークデュオを結成。71年に「CAN I HAVE MY MONEY BACK?」でソロデビュー。このときバックバンドを務めたジョン・イーガンらとともに72年にはスティーラーズ・ホイールを結成。「STUCK IN THE MIDDLE WITH YOU」が6位とヒット。続く「STAR」(この曲の方がずっと好きだ)も29位のヒットを飛ばすが、75年に解散。78年に発表したアルバム「CITY TO CITY」がNo.1を記録し、シングルカットされた「霧のベイカー街」も2位のヒット。その後は「RIGHT AND DOWN」(12位)などのスマッシュヒットがあったものの本人はあまりシャカリキにならずに、「なんとなく」活動を続けたとのことである。
印象的なサックスから始まる「霧のベイカー街」。日本でも平山三紀がカバー?というような曲を歌っていた。
(08.11.09:No.575)
「パクリか?空耳か?気のせいか?」に掲載
FREDDY FENDER (フレディ・フェンダー)   
BEFORE THE NEXT TEARDROP FALLS       涙のしずく    
50年中ごろから地元のダンスバンドに加入し、56年に本名のバルドマー・ヘルタとしてスペイン語の曲でデビュー。その後地元のテキサスでは少々の売れっ子になった。しかし喧嘩に巻き込まれ重傷を負ったり、麻薬による逮捕などを経験。71年にヒューイ・ミュークス(モー)というプロデューサーと出会い、75年に出した「涙のしずく」が1位となる大ヒット。その後も「WASTED DAYS AND WASTED NIGHTS(酒に酔いしれ)」(8位)、「SECRET LOVE」(20位)などのヒットを続けた。
テックス・メックス・カントリー(テキサス流のメキシコ音楽)の代表的歌手とされ、カントリー・チャートにも多くのヒットを送り込んでいる。90年代にはテキサス・トーネイドというグループでも活躍した。ちなみにフレディ・フェンダーという名前はギターのフェンダーから拝借したそうだ。
「涙のしずく」はチャーリー・プライドがオリジナル。「泣きのフェンダー」という異名もあり、彼の歌唱と曲が非常にマッチした曲。レス・ポール&メアリー・フォードのカバーである「バイヤ・コン・ディオス」も捨てがたい。
(08.10.19:No.574)